少し沈んだ気持ちに、”好きな相手が菊丸じゃなかっただけで結局前と状況は変わらないじゃないか”と喝を入れつつ、部室棟を出る。
と、校門の脇にちゃんと乾(ちゃんの為ならとりあえず今日は自主練はいいらしい。)とさんの3人を見かけた。
何も変わらない。
そう、着替えてる間のほんの15分。
その前と何も状況は変わっていないのに、なんとなくさんの顔を見るのが辛い気がした。
3人には声を掛けずに、さりげなく帰ろう・・・とした時だった。

ーバカップルにくっついてどこ行くのー?!」

後ろから菊丸が叫ぶ・・・あぁ・・・馬鹿・・・。

「バカップルとは失礼ねっ!!」
「ファミレスー!なに、あんたも来るのー?!」

”プンスカ”と自分で言っているちゃんをシカトしてさんが答える。

「タカさんと一緒にお邪魔するよー!」
「えぇぇっ!?」

いや、菊丸!!勝手に決められても!!
反論をするスキも与えられず、俺よりずっと細い菊丸に引きづられていく・・・なんなんだろう、この展開は・・・。

「なんだかどんどん増殖していくなぁ・・・」

とか言って笑う乾。・・・いいのか?
目が合うと乾は、構わないよ、と苦笑した。








ファミレスに入って、全員がドリンクバーから帰って席に座る。
ちゃんを真ん中に、左右に菊丸と乾、向かいのイスに俺とさんになった。

「にしてもさーなんでいつの間に2人はくっついてるワケ?全然知らなかったんだけど!」

不満そうに菊丸は言う。
「え?知らなかったの?」とちゃん。

「しらねーよー」

ブーブー言う菊丸に乾は冷たく

「教えてないからな」

と言った。
そんな二人のやりとりを、さんは楽しそうに眺めている。

「なに、お菊はちゃん狙いだったの?」
「んーな事ないけどさー」
「ちょっと!その即答ある意味それ失礼じゃない!?」

ちょっと漫才みたいな、いつも通りの仲良いメンツの会話、風景。
これだけで、何も想いが叶わなくてもいいんじゃないかと思った。
辛いといえば、確かにその通り。
でも、さんを好きになったと同時にそんなのは覚悟していた。
俺は・・・自分の気持ちなんかずっと隠したままでいい。
彼女の辛そうな・・・俺の気持ちを知って、悩んで辛いだろう表情を見たくはなかった。

「河村君?」
「・・・・・・えっ?!」

呼ばれて振り返るとさんが苦笑している。

「どうした?黙りこんで」

乾まで・・・そんなに長時間ぼーっとしてたのかなぁ?

「あ、ごめん!ちょっと考え事してて・・・」

あわてて取り繕い、笑う。
すると、ちゃんが口を挟んできた。

「タカさん悩み事?・・・もしかして、好きな子でもいんじゃないの〜?」
「えっ!!」

あぁ〜〜〜〜!誰かこのすぐ顔に出る性分を直してくれ〜!!
フイ打ちの質問のせいで真っ赤になってしまった俺。・・・なんで誤魔化せないかなぁ。

「「「図星かよっ!!」」」

ちゃん、さん、菊丸の三人の声がハモル中、乾だけはさりげなく鞄からノートを出していた・・・・・データ取られてる・・・・・・。
そんな乾をよそに、菊丸が身を乗り出して俺に聞いてくる。

「誰、だれっ?!」

あぁ・・・この調子じゃあちゃんと答えないといつまでも食い下がってくるんだろうなぁ・・・。
それに、俺には上手いかわし方なんて出来るハズもなかった。


「ごめん、菊丸。まだ言えないんだ」
「まだって・・・?」
「んー・・・俺じゃあ捕まえられない人でさ、自分でも悩んでて、まだ辛い時期だから・・・言えない。」

菊丸は俺の返事に、そっかーと切なそうに、そして意外とすんなり引き下がってくれた。
俺はちょっと困って頭をかきながら見ると、ちゃんとさんも切なそうな顔をしている。

「ご、ごめん!辛気くさくなっちゃったね・・・何か話題・・・」

と、何か書き込みをしていた乾が顔を上げた。

「そういえば、ちゃんは教室によく行くからタカさんとは結構話するんだろ?」
「え、うん」
「なのになんでまだ”河村君”なんだい?俺のデータでは、確か仲の良い友達はそれなりの親しみを込めた呼び方をしてるハズだが?」

眼鏡を光らせつつ乾は聞く。
さすが突くポイントが違うっていうか・・・そこまで彼女の友人にまでデータの範囲を広げている乾は、さすがとしか言い様がない。


「えーっと・・・なんとなく・・・タイミングのがしちゃってー」
「ほほぅ・・・」

と、それに反応した菊丸が言う。

「タイミング?」
「うん。クラスの子とかは”隆君”とか”河村”って呼び捨てだったりさーテニス部の子は”タカさん”でしょ?いいなーとか思ったんだけどさー」

途端にドキドキしだす俺の胸。
さんが、俺の事をあだ名で呼んでみたいって思ってくれていた。一体どう呼びたいって思ってくれていたんだろう・・・。
もう俺は、それだけで充分幸せだよ・・・。

「なんか、わざわざ改めて呼び方聞くのも変かな〜って思ってたら、そのままタイミング逃した。」

ニャハハって笑いながら菊丸は面白がっている。
それを後目に、嬉しがっているのはバレないように・・・今度は慎重にまた突っ込まれないように、俺も口元に笑みだけ乗せる。

乾の事はなんて呼んでるの?」
「乾。」
「呼び捨てかよっ!!」

ケタケタ笑いながら菊丸は続けた。

「よし、タカさんって呼べ!俺が許す!!」
「イヤ、お前が許すなよ!」

するどいツッコミありがとう、ちゃん。


「いーの!テニス仲間と一緒で”タカさん”。いいよな、タカさん!」
「もちろんだよ」

今日は・・・菊丸が居て良かった・・・。
かき回す事が多いお祭り男だけど、今日は心からそう思った。









「さて、そろそろ帰ろうか」

時間を見れば早くも8時。俺は撤収の合図を出す。

「えーーーーもうーーーー?」

ブーたれる菊丸に
「2人キリの時間も少し欲しいしな」とめずらしく無表情でノロケる乾。
あぁ、乾、幸せなんだな。
幸せなんだって、それがすごくわかって・・・これ以上のお邪魔が可哀想だと思って、解散を促すのに協力した。

「さ、お邪魔だし菊丸、行くぞ」
「「え〜〜〜〜」」

・・・なんでさんもブーイングしてるんだ?





ファミレスから、俺とさん組と菊丸で帰る方向が違うので、俺がさんを送る事になった。

「じゃーねー」
「また月曜なー」

菊丸と別れて2人きり・・・2人きりなんて、絶対ありえないと思ってた、今朝までは。

ちゃんと乾ラヴラヴだよねーいいなー」
さん、羨ましいんだ?」

半ばヤケのように言うのを聞いて、プッと笑いながらも聞く。
「彼氏」が羨ましいのか、乾が羨ましいのかは・・・深く聞かない事にしておこう。

「・・・あれ?」

気付けば、さんは立ち止まっていた。
見ると、顔が不思議そうな表情をしている。

「どうしたの?」
「タカさん、私の事”さん”って呼んでたっけ?」
「え、うん。」
「あぁ、そっかー・・・じゃあもうナシで!」
「は?!」

ニヤっとした笑いを浮かべながらさんは言う。

でいいよ〜、私もタカさんって呼ぶ事になったし」
「う、うん、ありがとう・・・・・なんか、照れるね」

さんがアハハ、と笑う。
なんだろう・・・今日のこの仲良くなりぶりは。
こんなに仲良くなれるとさえ思っていなかった。付き合いたいという欲が芽を出してしまう・・・そんな風に思っちゃいけない・・・
さんには好きな人がいるんだから・・・俺は・・・友達なんだから・・・。
・・・そう自分に言い聞かせるのはこれで何回目だろう。
そして、そうこうしている内にさんの家に着く。

「送ってくれてありがとうね〜」
「いや、全然構わないよ。また月曜日ねさん」
「違うでしょー?」
「あ・・・ちゃん」
「よしよし!」

彼女は満足そうに笑い、俺は照れ隠しに背中を向けた。
これ以上一緒にいたら、もっと・・・って、欲が出てしまうから。


「ね、ねぇタカさん・・・」
「ん?」

未練が首をもたげないように、半身で振り向くと、さんはいつか渡したてぬぐいを差し出していた。

「それ・・・」
「長い事返せなくてごめん。なんか・・・思い出すと恥ずかしくて・・・」

うん、確かに、アレは強烈だった。
・・・でもね、あれで君が好きになったんだよ。そう、あの時を思い出しながら差し出された手拭いを受け取ろうと手を伸ばす。

「いや、役に立てて良かったよ」
「これ!・・・嬉しかったんだ。いつも挨拶くらいしかしない仲だったのに優しくしてくれて、あれから話してくれるようになって、
私あの時ダサイの極地だったけど、でも、菊丸と不二に少しだけ感謝してる・・・」

ちゃん・・・?」
「・・・・・・私、タカさんの事、好きだったんだぁ・・・」




心臓が・・・ドキドキ言い過ぎて・・・壊れそうだった。




「ごめん、迷惑だよね?!・・好きな人・・・いるんでしょ?でも、あの、言っておきたくて・・・」
「お、俺・・・」
「わかってるんだ、困らせるって事は!本当、ごめん・・・。でも、今日・・・すごい楽しくて・・・今、言わなきゃって思った。」

矢継ぎ早に、まるで俺の言葉を聞くのが怖くて言ってるように、ちゃんは地面をひたすら見つめている。
差し出されていた手拭いも、その気持ちを表すようにギュッと握り締められていた。

そんな俺は、幸せ者だと思った。
ずっと、菊丸の事を、他の誰かを好きだと思っていたから・・・。

「俺・・・ちゃんは、
菊丸が好きなんだと思ってたんだ。だから・・・この、ちゃんを好きだって気持ちは、叶わないと思ってた。」

一瞬、ちゃんは顔を上げて、確認するように俺の顔を見た。
そして、消え入りそうな涙声で

「ありがとう」

と言った。
それはこっちの台詞だよ、ちゃん。
ありがとうの気持ちを込めて、伸ばしたままだったその手で、ちゃんの手を握る。
小さくて、俺とは正反対の手。

「おっきい手だね」

そう言われて愛しくなった。
同じ事、考えてたんだ。


ちゃん、これからは
君を守らせて下さい。」

改めて言う。守らせて欲しい。絶対に守り通すから。

「よろしくお願いします」

そして、涙目の笑顔が返ってきた。




おわり

20100401:改訂