「そういえば、この間真がフラッと帰ってきたぞ。泊まらないで帰ったが。」

 染谷家次男の悟(さとる)が、どこぞのアーティストのサポートで回っていたツアーから帰った二日後。
打ち上げを終えて丸一日グロッキーなまま部屋に篭っていたのだが、のそのそとやっと起き出し片付けを終えると、
居間のコタツに入ってくるなり長男の諒(りょう)がそう言った。

 「…その真の事で新しい情報がある」

 そう告げた瞬間諒の眉毛がピクッと上がった。…正直嫌な予感しかしない。今までこの次男坊が外、主に打ち上げで使われる
新宿二丁目から持ち帰ってくる末弟の情報にマシな話があった事はなく、それを聞く度に毎回思う。
相手が男でもいいからいい加減落ち着いてくれ、と。

 「またなんかやらかしたのか。前は路上で別れ話のモツレとかだったな…今度はなんだ。刺されそうにでもなったか?」

 さして心配した様子でもない体を装いながらお茶を啜り、そう呟く。
大学へは行かず服飾の専門に通いだしてすぐにカミングアウトをしてきた弟は、いつからか「趣味?ナンパ〜」と公然と
言うようになった。いつ会っても変わらず、いつの噂も同じ様子で、恐らく今まで特定の相手がいた事はなかったのではと思う。
そんな弟が心配じゃない訳がない。
しかし、兄弟中で一番自由な末弟は放っておくのが一番平和。それが子供の頃からの喧嘩で培った知恵だった。

 「それが…」
 「?」

珍しく言いにくそうな様子の悟に、諒は顔を上げた。見ると、顔はこっちを見ているが目が泳いでいる。表情も少し動揺していた。

 「なんだよ」
 「…真、な。わかんない。まだわかんないぞ?でも…」
 「???」

やっと上がった視線がぶつかると、とても言いにくそうに
「恋人出来たかも」
と言い放った。




 「男か」
 「当たり前だろ」

 しばしの沈黙の後で諒がボソッと呟くと、今更といった風に半ば呆れた風な返事があった。そう、当たり前だ。
今まで男以外と噂になった事がそもそも、ない。
時々染谷家に挨拶に来る秘書の高柳女史に至っては、
「仕事には持ち込まない人だとはわかってるんですが、スタッフになにかあると困るので…うちは女子社員が多いんです」
と普通とは逆の事を言っていた。
どれだけ節操無しなんだ…と兄弟そろって呆れたのは結構前の話になる。

 「…確実なのか?」
 「わかんねーよ。真に聞いたんじゃねーし、最近高柳さんに会った訳でもないし…でも噂によると、
最近いつも一緒にいるオヤジがいて」
 「オヤジ!?」
 「…だそうだ。」
 「あいつ可愛い系がうんたら言ってただろ!」
 「だからしらねーよ!」

 何から何まで今まで知っている弟の情報とは違っていた。そんな困惑する諒を他所に、悟が言いにくそうにまた口を開く。

 「相手は格好からして土建屋じゃねーかって話。その人との目撃情報多数、二丁目でそいつだと思われる人を助けたって
話もあった。極めつけは…今まで繋がってた真の遊び相手が全員切られてたってよ」
 「…なんだそりゃ。確実じゃねーか」
 「…だよな」

しばし流れる沈黙。の後、悟の口元が歪んだ。

 「良かったな」
 「だな」

本当に本気なら、あの弟の事だ。なにかしら言ってくるだろう。
相手がオヤジだろうが、例えおぞましい系のニューハーフを選ぼうがそんなのは、兄弟にとってどうでも良かった。
真が恋人を作った。それが本当なら、こんなに嬉しい事はない。やっとあいつは地獄の記憶から救われるんだと、そう思えた。

遠い昔に受けた真だけじゃない、兄弟の傷。
真はソレを兄二人は知らないと思っている。相手が吹聴したのを耳にした次男が激怒して暴れた事なんか、むしろ知らなくていい。

 「連れてくるかな?」
 「本気ならな。…賭けるか?」
 「二人共連れてきて欲しいんじゃ賭け成立しねーだろ」

諒の提案を悟がすげなく断ると、二人はそのまま微笑み合った。

 「みかん食うか?」
 「食う〜…真が落ち着いたら俺も結婚しようかな〜〜〜」
 「…なんだ。とうとうか」
 「んーそろそろ年貢の納め時かな、って。真に先越されんのは悔しいし。」
 「………確かに言い出しかねないな」

 自由奔放な愛すべき三男坊が、いつまでも自由で飛べたらいいと思う。
元からホモだろうが、事件をきっかけにそうなったんだろうが関係無い。
伴侶を決めたのなら受け入れようと、その日兄二人はまた小さい約束を交わした。


おわり