賑やかな話し声と、明るいライティング。
アパレルブランド【monsoon】の店内は、いつもと変わらず賑わっている。
長かった夏もようやっと息を潜め、陽射しは強いながらもどこか秋の空気が漂うようになり、
monsoonのラインナップも一足早く並んだ秋物がやっと動き出していた。

 そんな中、最近では常連客すらも慣れてきたある光景が、今日も店の一画で展開されていた。

 「臣〜お待たせ!ちょっと二階きて!」
 「………」

 臣、と呼ばれた、ブランドコンセプトとは程遠い風体の男が、返事もせずにのそのそと<staff only>と
書かれた看板を通り抜けて階段を上がっていく。
その様子を、接客していたスタッフはそっと眺め微笑えましく見守る。
そしてまた何事も無かったようにまたお客様に視線を戻した。

 「ごめんね、お昼終わっちゃうよね?!」
 「焦らないでいい」

お昼の迎えにきた恋人を待たせてしまっている自分に少し苛つきながら、目の前の書類を簡単にまとめる。
それを、ため息を吐きながら秘書の高柳がたしなめた。

 「それ位やっときますから、行ってきていいですよ」
 「はい、私がやります」

 高柳の後ろに控えているのは数ヵ月前から高柳の二番手として入った、いわゆる第二秘書。絶賛勉強中。
ここのボス、染谷真は苦笑しながら顔を上げると、それもそうだとぼやいた。
そうして愛しい恋人に向き直ると、爽やかな笑顔を向ける。

 「お腹空いた。臣、行こう?」

人懐こい、一部の人間にしか見せないその笑顔を眺めながら秘書達は肩をすくめ、当の恋人は顔を赤くする。
歩き出した染谷に無言で付いて歩き出した恋人の生方兼臣が、大きな窓の前を通りかかった瞬間。
そこにあった大きめのカーテンが風で煽られ、弧を描く。
生方がふとその曲線に目を向け、また視線を戻す。
戻した目の前で染谷が悠然と微笑み、描かれた弧の中そっと生方にキスをした。

 (……っ!!!)

人前で!と咄嗟に硬直する体をそっと染谷は解放し、自らの唇に人差し指を充てナイショ、と微笑む。
そして、何事も無かったように風に煽られるカーテンから抜け出すと、飄々と言い放った。

 「行こ。臣、何食べたい?」


End






おまけ

高柳「社長、ばれてますから。早く行ってください」