いつまでも呆然としている訳にもいかず、目覚めたのが夕方だったのもあってもう一泊だけ病院に
居させてもらい、その夜は一人で久しぶりに家に帰った。
自分のベッドに腰掛け、大きな熊のぬいぐるみのオミを抱きしめる。

 「……臣、俺がわからないんだって…」

現状を確認するように呟く。
大丈夫、今自分がやらないといけない事は、ちゃんとわかってる。
臣の住んでいたアパートはもうとっくに引き払っている。
明日退院したら、臣に話して…ここで同居してると話そう。
それまでに、飾っている二人の写真は片づける。
布団はどちらかが風邪を引いた時用に買ってあるから、問題ない。
 (そうだ、片づけなきゃ・・・)
写真を機械的な動きでベッドルームから片付け、検査の時に外したままだった臣の結婚指輪を、
小さなキスと祈りを籠めてから自分のバックにそっとしまった。
どうか、思い出してくれますように、と。


 退院の日、臣に話すと「そうなのか」と二つ返事でマンションに付いてきた。
記憶の一部を無くしたと医者に言われているとはいえ、なんで素直に…アパートに確認もせずに
付いてきてくれるんだろう?と少し不思議だった。

 「ねぇ、…生方君は、アパートに確認に行かなくて大丈夫?俺が言ってるだけかもしれないし…」

ついそう聞くと、臣はふ、と笑いながら「染谷さんはそんな事はたぶんしないと思う…それに、住む所を
騙したって良い事も無いだろう?うちには盗られて困る物は無いからな」と言った。
信頼してくれてる…?そんな仄かな期待にも似た思いが湧きあがったが、期待はダメだと、
臣のプレッシャーになっちゃダメだと、無理矢理気持ちの底に押し込めた。
 ベッドを臣に使ってもらって、自分はリビングで布団に寝る。
臣は嫌がったけど、「滅多に仕事で帰って来れないから、いつもこうしてるんだよ」と言いくるめた。
臣の匂いのするベッドで、臣と別々に寝るなんて…現実を突きつけられるだけな予感がして
避けたいというのが本音だった。



 臣が記憶を無くして3日は毎日家に早めに帰った。
華ちゃんが事情を仕事仲間に話していて、ちゃんと臣も仕事に行った。
その間夕飯はニアの所でお弁当を買って帰る。ニアには軽く話していて、心配そうに「その後調子はどうなの?」と
聞かれれば、何も、としか答えられない。それがまた、悲しい。
 ある日、一緒に夕飯を食べている時に「染谷さんは結婚しているのか?」と聞かれた。
一瞬どう答えていいかわからなくて固まっていると、ポツリポツリと現場でのその日の事を話し出す。

 「今日昼飯の時、若い衆が籍を入れたって話をしていて…結婚指輪を見せてくれたんだ。
そこに、してて…一緒だと思ったんだが…」

そう言いながら、俺の左手薬指にはまったままの…臣が作ってくれた指輪を指さした。

 「…結婚は、して、ない…かな。してたら、ここにこうして居られないでしょ?」
 「…あぁ、それもそうだ」

うんうん、と頷きながら、口いっぱいにご飯を詰め込んでいる。食べ方は何も変わらないんだね…当たり前か。

 「恋人は、いるよ。…その人の事しか考えられない位大事な恋人」

そう俺が続けると、咀嚼していた顎が少し止まり真剣な目で俺を見つめる。
ビクッとしてしまった自分を自覚しながら素知らぬ顔で、なに?と聞いた。

 「俺がこんなだからって遠慮しないでデート行っていいんだからな?」

…そうだね、なんて空返事をしながら、お弁当に視線を落とした。なんて、残酷な現実。

目の前に臣がいるのに、自分の寂しいという気持ちを隠せる自信が、無い。
結局それは仕事に没頭して誤魔化すしか無かった。



続く