〜Side 生方



 悲しい笑顔だった。
涙を浮かべた赤い目の染谷さんが悲しそうに笑う姿。その悲しい笑顔の姿が放った
「臣、さよなら」という言葉と共に頭の中をぐるぐるしていて離れない。
…あの悲しい笑顔を、俺は知っている。
俺は、前にもあんな顔をさせた…?
それはいつの事で、なんでそんな顔をさせたんだったか、わからない。
…なんで思い出せないんだ…
無理矢理にでもその記憶を思い出さなきゃいけない気がして…何度も何度も
あの今にも泣き出しそうな顔を思い浮かべる。
頭が痛い…けど、なんでそれ以上に、こんなに胸が痛いんだ…。



 写真を見つけた時、意味が分からなくて頭が真っ白になった。
同居人だって言っていた。仲良いんだよ、と笑顔で言いながら服をしまっていた場所や
タオルの場所を俺に教えて回り、仕事が忙しくてなかなか家には帰れないから、
お互いの部屋とか物とかは決めてないから好きに使ってていいと、軽やかに、歌うように話していた。
でも、ファイルに挟まっていた写真は同居人じゃない事が俺でもわかる…そんな写真だった。
観覧車で撮った業者製のものや、教会らしい所でキスをしている写真。
二人で写っている以外は、俺は見た事がない…柔らかい良い笑顔の染谷さんの写真がとても多かった。
写真の他にも、アニメの映画の半券や旅館の案内状、飛行機の搭乗券の半券、どこかの岩山のような
風景のポストカード…俺の知らない、たぶんこれは全部俺と染谷さんの思い出で…
もし、俺と染谷さんが教会でキスしている写真のような関係なんだとしたら…もしかしたらこのファイルは
俺の宝物なんじゃないのか?と…思った。
じゃあ、俺と染谷さんはなんなんだ?
混乱して、染谷さんに聞いて…真実を聞いても、気持ち悪いとかはなかった。本当に、無かった。
でも、嘘を吐いていた…。
そうだ、嘘を吐いていた、染谷さんは俺に、嘘を。
この人は優しい人だって、病院ですぐにわかった。俺が同居するなんて、俺は信頼していたに違いないと。
でも、嘘を…。
気持ち悪かったんじゃない、嘘を吐いてたんだって事が少しショックだった







でも、嘘を吐かせたのは誰なんだ…?










あの、悲しい笑顔をさせたのは…?












次から次へと回る思考回路に頭がクラクラしてきて、一旦考えるのを止めて部屋のベッドに腰を下ろす。
自分の顔を両手で数回擦ると少し落ち着く気がした。

「………」

染谷さん、泣いてないだろうか。
ふとそう思うと、今度はなんだか胸がざわつく。
どんどん沸き上がってくる焦燥感の正体がわからなくて、どうしたらいいのか分からない。
思わず胸を服の上からぎゅっと握って背けた視線の先に、光る物が目に入った。

 「…これ…は……」

手に取ってよく見ると、鳥の透かし彫りがしてある手の込んだ指輪だった。
青と赤の石がはめ込んであって…これは…


(鳥が、真さんに似てる気がしたんだ。
どこまでも飛んでいける翼を持っている、青い綺麗な鳥)

(臣が、俺が鳥に似てるって言ってたから…)

(臣みたいに手作りじゃないんだ、俺はデザインだけだから…でも気持ちは籠ってるよ?)

(愛してる、兼臣)

はじめは微かに、そしてだんだんと近く鮮明に聞こえてくる、愛に溢れた言葉達が頭を駆け巡る。

(俺は全部臣のだよ、だから、臣を俺にちょうだい?)
(臣と暮らすの、夢だったんだ…)
(俺と結婚式、挙げて欲しいんだ)
(臣、好きだよ)
(臣、大好き!)
(かねおみ、あいしてる…)

 「…俺も、愛してる…真さん」

気が付けば、指輪を握りしめて泣いていた。
なんで忘れていられたんだろう、こんなに大事で、こんなに愛しい人なのに。
絶対に手放さないと誓って、真さんがいなければ幸せなんて無いとすら思っていたのに。
指輪をそっと、真さんが教えてくれた左手の薬指にはめて少し眺める…と、はっと思い出した。
真さんはなんて言っていた?「さよなら」と、言ってなかったか…!?もしかして真さんは、俺と別れて…
もう、二度と会わないつも、り…?
慌てて立ち上がり靴を履くと家を飛び出した。
エレベーターが到着するのが遅い。扉が開くと駆け足で乗り込むが、1Fに着くのもいつもより遅く感じる。
早く、早くしてくれ…真さんを追わなくちゃいけないんだ。きっと泣いてる。きっと独りで、泣いてるんだ。
マンションから飛び出し、真さんの事しか考えられないままひたすらmonsoonの事務所に向かって走り続けた。



続く