金曜日。
少し掃除が長引いていて、少し遅れ気味に部活へ急ぐ。
相変わらずさんはちゃんの所へ休み時間ごとに遊びに来ていて、
授業中に菊丸が邪魔する、だとか、不二はなんでもない顔をしながら授業中笑わせてきて腹黒い、とか話をしている。
そして俺は、そんな彼女が気になっている。例え彼女が菊丸を好きでも・・・。
+Little☆Crown+
コートに近づくと入り口付近にさんが居るのに気が付いた。
話しかけるべきか・・・どうしよう・・。
あの「肉字」事件以来、前よりは話すようにはなったけど・・・どうもこういう予期しない彼女の出現にはまだ尻込みしてしまう。
話したいのはやまやま、でもどこか緊張してしまって二の足を踏んでしまう自分がいる。
と、そうこうしている内にさんの方が俺に気付いてしまった。
「あ、河村君!」
「やぁ、今日は見学かい?」
一瞬高鳴ってしまった胸をあえて無視して話す。
その緊張感に呑まれてしまわないように・・・。
「そうなのよ。久々にちゃんと帰ろうと思ってさー・・・先は長いんだけどね・・・」
「あはは、確かに」
そっかー、最後までいるのかー・・・なんか部活はいつも通りなのにさんが見てるってだけで緊張しちゃいそうだなぁ・・・
・・・俺を見てるわけじゃないんだけど・・・ね。
と、そこへコート内にいた菊丸が気付いてこちらへ駆けてくるのが見えた。
「オーじゃん。何、ちゃん待ち?」
「おうよ。」
途端にさんの顔がムフッという感じに変わる。
「帰りはちゃんとデートなのだ!・・・・乾付きだけど」
マネージャーのちゃんと乾は付き合っている。
乾はちょっと変だけど、ちゃんと相手の事を思いやれるいい奴だ。
二人が付き合う事になったと聞いた時、それがわかって好きになってくれたのが、信頼してるマネージャだってわかってすごくすごく嬉しかった。
乾がレギュラー落ちした時、マネの仕事をデータ取りの為もあって手伝っていたのだが、どうやらその時に急接近したみたいだった。
「へーーーーー。なぁ、中で見学してれば?ずっと立ってるの辛くない?」
菊丸が言う。
しかし、さんは笑って断った。
「ファンの子に殺されたくないからここに居る。」
「フーン」
ちょっと面白くなさそうに言う菊丸に、すまなそうに苦笑するさん。
なんか・・・いい雰囲気なんだな、この2人・・・。
胸が苦しい。顔に出ないように隠さなきゃ・・・。
ちょっとだけ、手塚の冷静さが羨ましかった。
「さ、菊丸行くぞ」
見ていられなくなって菊丸の背中を押して促す。
いいよな、これ位は・・・。
「河村君、頑張ってね!」
「あ、うん」
逃げ出そうとする俺の背中にかかった一言。
菊丸じゃなくて、俺に掛けられた・・・。
振り向くと、さんのあの笑顔があった。
それだけで胸の痛みが収まってしまい、現金な自分に苦笑する。
さんの声に俺は、片手を上げて答えた。
「10分きゅうけーい」
先生の声が響き、いつも通りちゃんが皆の倍の別メニューをこなしているレギュラー陣にタオルと麦茶を配る。
俺もまた、いつもの定位置に座り込んで軽く足のマッサージをしながら、自分のタオルと麦茶が来るのを待っていた。
「はい、河村君」
「あ、ありが・・・っえ、さん?!」
「おう!」
てっきりちゃんだと思って顔を上げると、コートの外で待っているハズのさんが爽やかな笑顔で立っていた。
「外で待ってるんじゃなかったの?」
「外に居て欲しかった?」
「イ、いや、そういうんじゃなくって・・・居ると思わなくて、ちょっとビックリしただけだよ」
さすがちゃんの友達。
思ってもみなかった所から鋭く切り込んでくるなぁ・・・。
「ちゃんがさ、忙しいから見てるんなら手伝えって言うんだよー」
「なるほど。かなわないね」
「本当に」
ため息をつきつつもどこか嬉しそうだった。
「あー、その、さん」
すっかり手ぶらになって俺の斜め前でフェンスにもたれ掛かっているさんに声を掛けた。
もっと話していたいけど。
でも、きっとさんは菊丸にも渡したいんじゃないかと思うんだ。
「何ー?」
「他にも渡す仕事残ってるんじゃないの?俺と話してて平気?」
本当は行かせたくないよ、話していたい。
でも、さんが好きなのは菊丸であって、俺じゃないから・・・。
なるべく角が立たないように、でも、行って欲しくない気持ちがバレないように言葉を選んで聞く。
「他に渡す分は終わったから、平気!・・・あ、ゆっくり一人で休みたかったかな?ごめん、気がつかなくって!」
「あ、いや、そういうんじゃないんだ!単に聞いただけだから、ゴメン!」
エヘヘって、2人で笑い合った。
なんでもない、教室以外で話すこんな会話がやけに楽しい。
少しなんでもない話に花を咲かせて、時間を確認して、さて、と立ち上がる。
「あ、そろそろ休憩終わり?」
「うん、これありがとうね」
「はーい」
麦茶の入ったボトルとタオルを返しつつ、感謝を伝える。
マネージャの手伝いで運んでくれた感謝と、元気をくれた感謝。
なんか無駄に後半は気合が入っちゃいそうだなぁ。
「以上、今日はこれで解散」
「「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」」
解散の合図とほぼ一緒に部員達がコートから出ていくその中に混じってちゃんがさんの所へ向かうのが見えた。
俺は、それを視覚のハシに捕らえながら部室へ向かう。
「待ってよタカさん」
後ろから不二が追ってくる。
「お疲れ、不二」
「お疲れさま・・・ねぇ、休憩の時ちゃんと何話してたの?」
俺が休憩時に女の子と話すのはかなりめずらしい。
不二のチェックが目敏いのか、そんなに目立っていたのか・・・。
「いや、特に何も話題にした事はなかったんだけど」
「フーン・・・」
・・・不二、表情読めなくてなんだか怖いぞ・・・
「ねぇ、タカさん・・・」
読めない表情のままボソッと不二は俺に呼びかける。
「ん?何、不二?」
答えながら、部室の戸を開く。
テニス部の部室は、レギャラー・年関係なく一つの部屋に押し込まれているが、一応学年ごとにロッカーの列が別になっていて、
そこからレギュラーがまた別になっている。
しかし、1・2年のほとんどが部活終了後もコート整備やマネージャーの手伝いをしたりするので
この時間帯部室にいるのは、大抵3年の一部とレギュラーだけ(海堂以外)だった。
ちなみに今居るのは先生とまだ話をしている手塚と相変わらず自主トレ中の海堂以外のメンツだ。
「タカさん、ちゃんの好きな人って知ってる?」
「ブッ・・・知らないけど」
知らないよ、菊丸が好きだなんて。
大体本人がいるのに、言えないよな。俺だってさすがに悔しいっていうか・・・。
「知らないけど・・・何?」
俺の言葉尻を捕まえて不二がまた聞いてくる。
「いや、何で不二がそんな事聞いてくるのかなーって」
「なんだ、なんとなくに決まってるじゃない」
「そ、そうか・・・」
「何何〜?俺も混ぜてよ〜」
話が一段落ついたと思った瞬間、菊丸が入ってきた。
「ちゃんの好きな人は誰だろうねって話だよ」
いとも簡単に・・・不二は菊丸に言う。
「えーなんでなんで?不二、の事好きなの?」
「からかい甲斐があって好きだよ」
不二・・・さらっと言うなよ・・・。
例え誤魔化す為でも、自分はこんなにサラっとは言えないな、と思う。
「あーわかる!あいつリアクションがいちいち面白いよなぁーガキみたいでさー!」
「なのに変な所大人だよね」
「そうそう!!」
すでに2人で始めた会話を耳で捕らえる。
あぁ、なるほど、と頷いてしまう反面、そこまでさんとの距離が近い2人が羨ましい。
「アレ、菊丸はちゃんの好きな人って知ってるんだっけ?」
読めない表情で不二が問う。
ハッキリ知らなくても、気付いてそうだよなって思った。あれだけ仲いいのに、むしろ付き合ってないのが不思議な・・・
「うん、知ってるよん♪アイツもお馬鹿だよなー、早く告っちゃえばいいのにさー」
は?
「本当だよねー」
ため息つきながら不二も言う・・・って、不二、知ってたのか・・・・。
って、そうじゃなくって・・・
さんの”好きな人”は、菊丸じゃない?
・・・って事だよな・・・本人が言う事には。
じゃあ・・・誰だ?
あぁ、頭が混乱してる。
さんの好きな人は、菊丸じゃなくて、不二でもない。
なぜなら菊丸は本人から好きな人が誰かを聞いて・・・
あ、そうか。
俺は、混乱しかけた頭を冷静にして考えようとしていた。
でも、その矢先気付いたんだ。
結局彼女には好きな人がいるという事に。
・・・情けなくも、ズボンを履いている最中に気が付いたのだった。
進
20100401:改訂